「仙台教区サポートセンター」は、東日本大震災被災地域の復興支援活動のため、カリタスジャパンの支援を受け、カトリック仙台司教区によって設置されました。支援対象は教会や信徒に限定せず、社会全体を対象としています。

高校生のボランティア体験記

いつもご支援ありがとうございます。

11月に入り、朝晩だいぶ冷え込む日も出てきました。

冷たい風に街路樹の葉っぱが舞っています落ち葉

 

そろそろクリスマス、冬休みに向けての話題も聞こえる頃ですが、高校生の夏のボランティア体験記、その3をお送りします。

 

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「被災地ボランティアで感じたこと」

 

今回、私は4泊5日で米川ベースの被災地ボランティアに行きました。
1日目、5日目は東京〜ベース間の移動で、1日中ボランティアをして過ごしたのは2日目、3日目、4日目でした。
2日目は佐々 木さんという漁師さんの元で、午前は浮きふについたフジツボなどをとる仕事で、午後は袋のシール貼りをしました。午前の仕事はとても力のいる仕事で、筋肉痛になりました。仕事の最中、 佐々木さんに3・11の話を伺いました。佐々木さんの漁港には20数mの津波がきて、避難所を超える津波だったそうですが、回避できたそうです。それでも、 津波に呑まれてしまった人もいたそうです。
シール貼りは根気のいる仕事で、6人で1500袋をやりました。
3日目は、 午前に長さんという漁師さんの元で昆布巻きをやり、午後は被災地見学でした。昆布巻きも根気のいる仕事で、昆布をしっかり伸ばし、 何重にも折りたたみ、それを結び、少し長くなったところを切るという仕事でした。長さんの話は興味深く、特に長さんのような昆布巻きの漁師さんはとても少ないという話は驚きました。
午後は様々なところをまわり、特に印象に残ったのは、大川小学校、防災庁舎の無惨な姿、高台から見た今の姿、写真で見る以前の姿に、改めて津波の恐ろしさを感じました。
4日目は漁師さんの元で牡蠣の殻を掃除する仕事で、その後、犬の散歩をしました。 殻の掃除も根気のいる仕事でしたが、途中小さな蟹が出て来たりしてリラックスしながら出来ました。その後、犬の散歩をしましたが、とても人懐っこくて、可愛かったです。
今回のボランティアでは、津波の恐ろしさ、東北の人の温かさを感じました。ボランティアでお世話になった皆さん、ありがとうございました。

(U.K)

ベースでの朝食

 

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震災発生当時、小学生だった若者たちが、6年経った現地を訪れ、さまざまなことを感じてくださったことと思います。

また機会があったら、ぜひ東北に足を運んでいただけますように!


高校生のボランティア体験記

いつもご支援ありがとうございます。

 

だいぶ間が空いてしまい、大変お待たせしました。

東京の暁星高校の生徒さんから届いた夏休みのボランティア体験記、その2をご紹介します。

 

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「ボランティア活動に参加して」

僕は7月31日から東北の復興ボランティアに参加した。初日は移動だけだった。乗り物酔いしやすい僕はバスでの移動が二時間を超えると聞いた時、無事着けるか不安になったが、なんとか寝てやり過ごし、無事に米川ベースに到着できた。
二日目からボランティア活動をした。僕は南三陸の港で漁業支援に参加した。午前中の作業は、鉈(なた)を使っておもりに付いたフジツボやムール貝の死骸を取る作業だった。たった一年間海に沈んでいただけで貝がびっしりと張り付いていたのが驚きだった。貝が腐っているのか分からないが、臭いはとても強烈で鼻を塞ぎたくなった。貝を取る作業も重い鉈を扱うのは難しく、とても苦しかった。

待ちに待った休憩時間は思っていたよりも長く、自由なものだった。一緒に作業していた友人たちと遊んだ。海岸のコンクリートに藻が張り付いていて、友人たちが滑って漫画のような尻餅をついた姿は、とても面白かった。

 

休憩時間に海でアイシング?

 

午後は、ホヤの出荷袋のシール貼りをした。5人で1,500袋を完成させ、やりがいを感じた。ボランティアが終わると、そのまま温泉に向かった。疲れた体に温かい湯が染み渡り、とても気持ちが良かった。
三日目は前日に続いて漁業体験に参加した。小さい鉈を使い、牡蠣に付いた汚れを取る作業だった。休憩時間にはダイバーの方が採れたてのウニを食べさせてくれた。作業が終わると漁師さんが飼っている犬の散歩をした。犬はとても懐いてくれて嬉しかった。この日はとても疲れていたから夜もあまり食欲が無く、元気が出なくてつらい一日だった。
ボランティア最終日は、もう一度牡蠣の清掃に行った。作業自体は同じだったが、友人がいたのでとても楽しかった。犬の散歩もできて楽しかった。
今回のボランティアを通して、いろいろなことを感じられた。木の上の高いところにおもりが引っかかっていて、震災時の津波の壮絶な高さを実感した。また僕達のベースでの生活も、賄いさんや皆で助け合って成り立っていることを感じて感動した。

 

(N.J)

 


ベースで朝の祈り

 

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「ボランティア活動を終えて」

 

私は今回カリタス米川でボランティア活動のお手伝いをさせていただきました。前回はカリタス釜石でやらせていただいたのですが、ボランティアが思っていたより楽しくでき、またやりたいと思っていて、今回また機会が回ってきたので参加しました。
今回のボランティアでの活動は、障がい児童見守りのお手伝いとぶどう園の雑草取り、被災地巡りでした。
児童見守りでは、子どもがとても元気でエネルギーが多すぎて、こちらのエネルギーが吸われる位でした。子どもは好きなので苦にはなりませんでしたが、鼻や耳をなめられるのはずっと慣れないと思います。2日間行き、初日は子どもたちと遊んだり寝かしつけたりするだけでしたが、2日目は夏祭りの準備片付けなどの手伝いでした。射的をやらせてもらうなど私たちも遊ばせてもらったのでとても楽しかったです。

 

にじのわの夏祭り

 

ぶどう園では基本的には雑草取りをしました。普段体を動かさないのでとても疲れました。ぶどうが無事ワインになれば良いなと思いました。
ぶどう園の手伝いの後は被災した場所を巡りました。震災遺構や復興途中の土地、最近復活したビーチなど色々な場所を案内してもらいました。既に6年以上も経っているのにまだまだ復興は終わっていないことをこの目で確認しました。

 

手前まで津波が押し寄せた場所で説明を聞く

 

今回のボランティアでは、生徒の中で私が最上級生であったことと、未知の土地であったこと、他校の方たちと活動するということで色々と不安でしたが、後輩のみんなや先生、他校の方々やベース長の千葉さん、その他地元の方々のおかげで無事楽しくボランティア活動ができました。機会があればまた参加したいと思っています。

 

(T.Y)

 


高校生のボランティア体験記2017

いつもご支援ありがとうございます。

長い長い雨がやみ、やっと太陽が戻ってきましたが、風はもう涼しく、秋の気配の仙台です。

 

毎年、長期のお休みにボランティアに参加してくださっている東京の暁星高校の皆さんが、今年の夏も米川ベースでの活動に参加して、体験記を送ってくださいました。3回に分けて皆様にご紹介します。

 

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僕は今夏に初めてボランティアに参加させていただきました。最初は不安と緊張もありましたが、「被災地の人の力になれるよう頑張ろう」という意気込みで米川に向かいました。
米川ベースでは食事を作ってくれる人や、活動場所まで車で送り届けてくれる人など、僕たちボランティアを支えてくれる人が沢山いて心強かったです。
僕は活動の3日間全て、漁業のお手伝いをしました。作業をしている最中にも、震災時の出来事などを話してくださる人が多く、大変ためになりました。その中でも最も驚いたのは津波の高さです。それは自分が思っていた以上に高く、実際の高さは20m以上と聞きました。それが街に繰り出すなど、想像しただけでも恐怖を感じました。また、被災地案内で見た高野会館にも衝撃を受けました。その建物の屋上では高齢者など327人と犬2匹が全員助かりました。そこで僕が1番驚いたのは、高齢者の中には車椅子の方も多かったという点です。たとえ猛烈な地震が起こり、破壊的な津波が押し寄せても、冷静になり、若者達が連携して力を合わせれば、助かる命は多くあると改めて感じました。

 

震災遺構の高野会館。4階建ての結婚式場で、最上階付近まで津波が押し寄せた。


また漁師のお母さんが志津川湾で取れた海産物を使った料理を出してくださり、それが大変美味しく、感動しました。
自分が今年、四泊五日のボランティアに行ったことは、あの甚大な被害から見れば米粒のようなものかもしれませんが、それでも僕は達成感を強く感じました。高野会館でのエピソードのように、人間一人一人がそれぞれ自分に何ができるかを考え手伝えば、復興への道はますます短くなると思います。東日本大震災が起きて約6年が経ちましたが、人間はまだまだこの災害に学ばなければならないと僕は再確認しました。
      
(S.N)

 

 


ボランティアさんからの便り

いつもご支援ありがとうございます。

神奈川県横浜市のカトリック戸塚教会では、「戸塚お茶っこ隊」として月に2度、石巻ベースにボランティアを派遣してくださっています。足を運べないけれど何かしたいというお気持ちのある方が「ケーキ隊」としてお菓子を作ってくださり、ボランティアさんはそれを預かって石巻ベースのお茶っこに参加してくださるのです。今回は「お茶っこ隊」としてご参加くださった方の体験報告をお寄せいただきましたのでご紹介します。

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「お茶っこに参加して」

今日は12月11日、月命日の日。
お茶っこに参加して1ヵ月経ちました。行きは鈍行で7時間、川や紅葉の山をいくつも越え、どの木も重そうに実をつけた柿が青い空によく映えていました。石巻ベースに行くのは翌日で、仙台で1泊。仙台の街は大きく駅の周りに渋谷、新宿、築地がぎゅっと集まったようでした。
次の朝、同行するAさんとの待ち合わせ時間まで朝市をのぞき、おでんの具を宅急便で送り、石巻ベースにガーベラを買いました。(後日おでんは家族に大好評!)
Aさんと仙台名物牛タンを食べ、仙石線で陸前山下に向かいました。松島は海にぽこぽこまるい島が浮かび、反対には同じようなまるい低い山が並んでいました。
私の実家は信州で、天を突くようなとんがった山ばかりなので心惹かれました。
途中、まだ造成中で大きな重機が入っているところや、新築の街があり、4年経ってもまだ道半ばのようです。
石巻ベースでは、スタッフが忙しそうに活動されていて、私たちも荷物を置いてすぐにオープンスペースに参加しました。
住民の方々は、編み物、クラフトをしながらおしゃべりをしたり、スタッフと話し込んだりそれぞれ過ごしています。ブローチを教えてもらいましたが、不器用さを笑われて結局出来上がっていたものをもらいました。
話の中で「ぴーちゃんになったから・・・」など「ぴーちゃん」が何度も出てくるので聞けば、ひいおばあちゃんが「ぴーちゃん」とのこと。なんともかわいい言葉です。
ベースでの生活は、朝は6時半に起きて坂を上ったところにある赤い屋根の小さな石巻教会でミサにあずかり、朝食、ミーティング、掃除、仮設のお茶っこに行きお茶のセッティング、みなさんの様子を見ながら話に参加、片付けてベースに帰り、一日の振り返り、夕食、片付け、自由時間(近くのお風呂に行きました)。
仮設住宅は、周りに何もなく灰色の建物は収容所のようでした。
スタッフのシスターの話では、4年経ってぽつりぽつりと当日の話をすることが出てきたとのこと。お茶っこの中でも世間話で笑っている間に、4日間電柱にしがみついていたというおじいさん、ずぶぬれでお寺の下で毛布にくるまっていた、電車で被災し、しばらくしてから避難所に行くと既に段ボールで仕切られ知り合いもおらず、親戚を頼って行くと「生きていたの!」とみんなに言われたという女性。耳が遠い男性を「この人は奥さんを亡くしてしまったから耳も悪くなるさ。でも見つかって良かったんだよ。俺はまだ見つかっていない」と教えてくれる人。また、海岸近くには公園を造る計画があるけれどあそこにはまだ見つかっていない人がいる。

仮設住宅でのお茶っこ

2日目には、被災し、奥さんを亡くされたTさんに午前中お話を伺い、午後にはご自宅のあった場所、避難した道筋を案内していただき、今住んでいらっしゃる復興住宅のマンションにお邪魔しました。
避難所の窓から外を見ると、家ごと流れる中に知り合いの女性が手を振っていた、遠くに見える火を頼りに女性2人を励ましながら避難した、ずぶぬれのまま夜を明かすことになり低体温症になる人も多く、みんなで夜が明けるまで必死に声をかけ、体をさすり続けた。
「報道されることはなかったけれど」と1枚の写真を見せてくれました。それは泥だらけになった若いお母さんが泥だらけの子どもの亡骸を抱いている写真でした。「こういうことがいっぱいあった」とおっしゃっていました。
Tさんの家の窓からは、住んでいた家と避難した会館の跡地が見えその向こうは海が広がっていました。朝夕そちらに向かって奥さんに声をかけるそうです。

被災の体験談を聞く

帰る日、シスターが「この辺はこれから海の風が強くてほんとに寒くなるのよ」とおっしゃっていました。
3日間たくさんの話を伺いました。初めは話に入れるのかと心配でしたが、ケーキ隊の皆さんの「ケーキが嬉しい」とどこでも言われたのが話すきっかけとなりました。ありがとうございます。
でもお聞きするだけで何もできません。帰ってから、どうだったと聞かれましたが、話すことができません。お茶っこで出会った人、ひとりひとりの顔が浮かんできます。
会う人会う人身近な人が亡くなっているという経験は初めてでした。一瞬の選択が助かる、助からないという分かれ道になっていた、4年経って立ち上がり、前に行く人まだ動けない人。
ベース長が、もともと家族の基盤が弱かった家はその問題が表面に出てきているとおっしゃっていました。
この支援も期限があるようですが、また新しい場所で知らない人と1から生活をしなければならない不安の中、この場所がなくなってしまったらどうなるのかと思います。
この地震の後にも世界で国内で災害などがありました。早く安心できる生活がその方たちのもとに訪れますようにと祈ります。
そしてお茶っこで会った人は、たくさんの生か死の狭間を体験して生きていてくれたから会うことができた人たちなんだと思います。会えて良かった。
お茶っこに参加する機会を与えてくださった皆さんに感謝します。
横浜市 カトリック戸塚教会信徒 K.

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2015年の1年間、石巻・米川ベースで活動してくださったボランティアさんはのべ939人。2014年に比べて3割減りました。
そんな中で、こうして継続してご支援くださる教会があることは、住民の方にとっても、またスタッフにとっても大変心強いことです。
被災地は復興へと進んでいますが、その中でまた新たな問題も生まれ、辛い思いをしていらっしゃる方がたくさんおられます。
カリタスの各ベースでの活動は、形を変えながらもまだこの先も続いていきます。
これからも支援の糸が途切れず、また、新しい輪を広げていくことができますように、どうぞ皆様のお力をお貸しください。


石巻、米川ベースでのボランティア募集についてはこちらをご覧ください。

ボランティアさんからの便り〜2015夏・その3〜

いつもご支援ありがとうございます。
暁星高校の生徒さんの夏のボランティア体験記、3回目です。
若い人たちは真剣にいろいろなことを考えているのだなと、いつも感心させられます。

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「積極性とボランティアと」

 昔から僕はあまり積極性のある人間ではない。自分から意見や案を出したり、初対面の人に自分の方から話しかけたりというのは好まないし、苦手だ。他の人がなにかをしてくれるのを、どうしても待ってしまう。今回の活動は、そんな自分の積極性について再度考える機会となった。
 この夏、僕はボランティアとして宮城県の登米市にあるカリタス米川ベースに行った。志望動機、なんていう明確なものはなく、学校から渡されたボランティアのお知らせに少し興味を惹かれたということと、それを伝えた親からの「貴重な高校時代の夏休み、予定もないのだし、ボランティアはとてもいいと思うよ。ぜひ行ってきなさい」という後押しがあったことから、参加することに決めた。
 現地では3日間活動をした。僕がやった仕事は全て農業、漁業に関することだった。イチゴの葉取りや、よくおでんなどに入っている結び昆布を作ったりと、普通では体験できないようなことをさせてもらった。普段自分が何気なく食べているものが、沢山の過程を経て作られているのを知り、ありがたいという気持ちでいっぱいになった。

 活動で行った場所の一つにとても海が近いところがあったのだが、そこの周辺にある山は高さ20メートルくらいのところまで木が全く生えていなかった。これはつまり、津波がその高さ分の木を全部流し取ってしまったということらしい。それを見て、津波の大きさ、そして木を根こそぎ取ってしまうほどの力が想像できた。20メートルといったら一番思い浮かべやすいのは、やはりガンダムだろう。ガンダムが横にずっしり並んで襲ってくるようなものだ。恐ろしい限りである。しかし本当に、海の近くにいて、大きな地震があった時は落ち着いて行動しなければならないなと思った。自分の周りに普通に存在し、これからも勿論あるものだと思っていたものが突然奪われてしまう。それは家かもしれないし、思い出の物かもしれない。あるいは大切な家族かもしれない。とても悲しいことだ。その悲しみをともにわかちあい、共有し、少しでもその心を和らげることこそが、ボランティアの働きなのだと思う。

「自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人は、とても少ない」という天才物理学者アインシュタインの名言がある。現実に起こっていることを考察するとき、自分自身の目で見て、自分自身の考えで判断しているだろうか? そうしている人は少ないという。ますます複雑化していく現代社会において、全てを自分で判断できる人は確かにいない。しかしだからと言って他人の考えにばかり依存し続けると、自己判断力が低下する。僕はその自己判断力こそが積極性の増加に直結するのだと思う。正しい道を自分自身で導き出すことで、何をすべきなのかが他人よりも早く分かる、その力こそまさに積極性というものだろう。「自分自身の目で見」とあるが、今回僕はまさに自分の目で被災地を見てきた。これは揺るがない確かな物であり、誇れるものだ。「百聞は一見に如かず。」脳裏に焼き付けた光景は、何よりも正確なのである。

 この積極性は、ボランティアに参加した人がみんな持っているのだと思う。被災地の人を少しでもいいから助けたい。そんな意志を持った人々が集まるボランティアは素晴らしいものだと心から思う。一人では10しかできないことでも、同じ目的を持った人が百人集まれば1000もすることができる。それはあたりまえのようで、とてもすごいことだ。その様なボランティアに参加出来て良かったと思う。最初は何気なく参加したボランティアだったが、現地の人々や全国から来た人々と出会い、自分自身の考えで動き、積極的に行動をするということの大切さに気付いた時間となった。今後も機会があれば行きたいと思う。
(高1 Y.A)

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仙台教区サポートセンターでは、ボランティアに参加された方からの体験談を募集しています。
現地で感じたことを、多くの方々と分かち合ってみませんか?
字数の制限はありませんので、ぜひお気軽にお寄せください。

仙台教区サポートセンター
Email:sendaidsc@gmail.com
FAX:022-797-6648

ボランティアさんからの便り〜2015夏 その2〜

いつもご支援ありがとうございます。
昨日から、大雨により各地で大変な被害が出ています。
宮城県には、11日12時現在も大雨特別警報が出ています。
仙台では雨が止みましたが、まだ危険な状態は続いているということです。
今日は震災から4年半の月命日、そんな日にこのような大きな災害が発生し、テレビの映像を通して震災の記憶と重ねている方も多いかと思います。
行方不明になっている方々が早く見つかりますように、そして、これ以上被害が大きくなりませんようにと祈っています。


昨日に続き、暁星高校の皆さんの、夏のボランティア体験記2回目です。


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 僕は3・11が起きた一年後、東北の震災地を訪れた。当時の震災地はほとんど復興している様子もなくがれきが延々と散乱し、海にあるべき船が陸に、陸を走るはずの車が建物の上にという無残な光景だった。この地はどうなってしまうのか。僕は東北の被災地が復興するには何世紀もかかるのではないかと思った。これが当時中2だった僕の率直な思いであった。
 そして僕は高校生となった。中学生とはまた違う環境に置かれ、大人に近づいていることを少し自覚していった。2年生になり、漸く自分にも何か出来るのではないかと思い始め、夏のボランティアに申し込んだ次第である。

 初めてのボランティア活動ということもあり、かなり緊張した。責任感が重くのしかかった。行きの新幹線では引率の先生が皆を和ませてくださった。また途中のバスで偶然同級生に会った。彼はボランティアの経験が豊富で、僕と同じ米川ベースに向かうということだった。僕はボランティアについて気になっていたことを全て彼に質問し、彼は快く全ての質問に答えてくれた。こうしたこともあり、僕はただただ緊張するのではなく、良い緊張感を持って米川に向かうことができた。

 米川でのボランティアは草刈りから始まった。僕たちは黙々と草刈りを行った。その時からだろう、僕の緊張はみるみる“やる気”へと変わっていった。そして別のグループが活動から帰ってきた。色々な人たちが来ていることは承知だったが、ボランティアに来ている人たちに共通点が二つあった。それは素直さと優しさである。人の意見を素直に聞き、優しさをもって対応する。まさしくボランティアに必要な精神である。僕はそこに来ている人たち全員が自分の見習うべき人たちだと思った。こうして初日は静かに終わった。

 二日目、僕たちはイチゴ農家のもとへ行った。この農家も津波によって被災した。その結果、栽培できるイチゴがかなり限られてしまったという。僕たちはイチゴの苗の葉を取るという作業を行った。かなり精密な作業だった。また情けない話ではあるが、作業をする体勢がかなり辛かった。被災する前は今ある苗をはるかに超える数があったかと思うと、食物を育てることの大変さを痛感した。

 三日目は午前中に傾聴ボランティアに行った。傾聴に来られる方々とどのような話をしたら良いかあれこれ考えていたが、その心配は必要なかった。おしゃべり好きで元気な方々だった。しかし別の問題が発生した。東北弁が全く理解できず、僕達はテンポ良く会話をすることができなかった。午後は傾聴に来られた方々の買い物の手伝いをした。ここでやっと自分は多少は役に立っていると感じた。しかし、その頃にはもう別れの時間が迫っていた。もっと時間があれば、という思いだった。

 本格的な活動日としては最後になる四日目、僕は一番避けなければならない事態を招いてしまった。体調を崩してしまったのである。ボランティアに行く前から体調不良になることだけは絶対に避けたいと思っていたが、僕の自己管理不足によりこのような事態となってしまった。ベースのスタッフの方々が親切に対応してくださった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そして役に立てないどころか迷惑をかけてしまっている自分の無力さを知り悔しかった。

 こうしてボランティア活動は終わってしまった。帰る時も自分は迷惑をかけ、役立てなかったと強い自己嫌悪に陥った。ただこれほど人の役に立ちたいと強く思ったこと、素直さと優しさを大切に思う人たちに接することができたことは僕にとって貴重な経験であり、僕の人生観を変えたことは確かである。

 人は必ず助けを必要とする。どんなに小さなことであれ、助けを必要としている人がいれば手を差しのべる、寄り添う、この精神をいつまでも忘れずに過ごしていきたい。
(高2 D.N)


 震災から四年半が経とうとしている東北を訪れた。僕にとって二度目の被災地訪問、そして二度目のボランティアである。前回の活動からみて大きな違いがあった。高校生になると同時に訪れた去年の春と比べて今年の夏は、復興支援よりも産業支援をより多く行った。獲れた昆布を出荷用に加工していく作業や牡蠣の殻に付着したフジツボを取り除く作業などである。がれき踏み抜き防止用の長靴等、準備万端で挑んだ僕はいささか拍子抜けだった。おかしな表現だが、加工工場のアルバイトのような仕事が本当にボランティアと呼べるのだろうか、と悩んだ。そんな僕に答えをくれたのは、宮城県の地方新聞、河北新報だった。人口現象について取り上げた記事によると、震災前後で石巻市からは一万人以上の人々がいなくなってしまったという。人手が不足している東北において、直接復興に関わる作業以外にも労働力として貢献するという方法があることを学んだ。三度目に被災地を訪れた時に少しでも人手が増えていればいいし、自分もその一人になれたらいいと思う。
(高2 U.Y)


 

ボランティアさんからの便り〜2015夏・その1〜

いつもご支援ありがとうございます。

台風の影響で、各地で大変な雨となっていますが、皆さんのお住まいの地域はいかがでしょうか。
これ以上の被害が出ないことを祈っています。

この夏にボランティアに参加された高校生から、体験談をお寄せいただききました。
長期休業のたびに来てくださる、東京の暁星高校の皆さんです。
初参加の方も、リピーターさんも、それぞれの思いを綴ってくださいました。
5人の方の体験談を、3回に分けて掲載します。

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 東日本大震災が発生した2011年3月11日の午後2時46分、その時自分は小学校のグラウンドでサッカーをしていました。立っているのも難しく、周りの建物は左右に大きく揺れていたのを今でも良く覚えています。その日は道路も渋滞していて、親が迎えに来ることも出来ませんでした。翌朝、父親が車で学校まで来てくれて、その車の中でテレビを観て初めてあんなに大きな津波が東北地方を襲ったことを知りました。震災から4年が経ち、自分も高校生になったので、自分の目で今はどうなったのか確かめたく、ボランティアに初めて参加しました。
  ボランティア活動初日はイチゴ農家さんの所へ手伝いをしに行きました。話を聞いたところ、津波でビニールハウスごと全て流されてしまい、震災前に比べると規模は小さいが、なんとかやることが出来たと言っていました。自分は葉っぱ取りという作業をし、少しやっただけで腰が痛くなってしまいました。いつも何も考えずに普通に食べていたイチゴが、こんなに大変な作業を何回も繰り返して出来ているとは知りませんでした。もっと感謝して食べなければいけないと痛感しました。
                                                                                                














 2日目は昆布を結ぶ手伝いをしました。そこは海のすぐ側で、海も見に行きました。正直、震災時とあまり変わらないのではと思っていたので、整備された海岸付近を見て驚き、ホッとしました。
  ボランティア活動最終日の3日目、ホタテの養殖をしている漁師さんの所へ行き、ホタテの養殖で使う縄のような物にピンを入れる「ピン入れ」という作業の手伝いをさせていただきました。震災前は、漁師の数が今よりも多く、アルバイトの人を雇うお金もあったが、震災後は漁師の数も減り、お金もあまり余裕がないので、今いる6人の漁師で作業を全部こなさなければいけないと言っていました。自分達がお手伝いして、少しでも役に立てたみたいで良かったと思いました。
  イチゴ農園や漁師の方は、自分たちと笑顔で接してくれたり、まるで震災なんてなかったかのようでした。自分達がボランティアでお手伝いをしに来たのに、海産物などを食べさせてくれたりして、逆に自分たちが元気づけられた気もしました。
  このボランティア活動をして、自分が想像していたよりは復興が進んでいましたが、それと同時に3.11の震災が忘れられて来ている気がしました。3.11を決して忘れてはいけないと改めて思うことが出来ました。
(高1 T.M)



 今回初めて被災地ボランティア活動に参加しました。活動に向かう途中、南三陸町では震災前まではあったとされる街が跡形もなく、ただ盛り土と、津波によって骨組だけになってしまった建物があるだけでした。その光景を目の当たりにした時、改めて津波の脅威を思い知ったとともに、いかにあの津波がもたらした被害が甚大だったかということを痛感しました。
 3日間のボランティア活動では1日目が農業支援、2日目がお茶っこ、最終日が漁業支援といった今までの人生で経験したことのない様々なことをさせていただき、色々なことを感じました。農業支援は、ビニールハウスの中でのイチゴの葉っぱの間引きであり、炎天下での細かな作業は大変つらく、この作業を夫婦2人でやるには厳しいと思ったので、これからも支援が必要不可欠だなと感じました。お茶っこでは集まったおばあちゃんたちがとても元気で、笑顔で話しかけてくださり、こちらも温かい気持ちになることができました。また、お茶っこが行われた仮設住宅は、テレビ、炊飯器といった家電製品が備わっているという反面、壁が物凄く薄くて隣に住んでいる人の会話が筒抜けになってしまうといった課題点もあるようで、もっと多くの正規の住宅の建設が必要だと思いました。最後に行った漁業支援は、ホタテの養殖用のピンをロープから抜く作業で、こちらもイチゴ農家同様大変な作業で、もっと多くの支援が必要だなと思いました。
 今回このボランティア活動を通して、被災地は大分復興してきたと思われがちだが、まだまだ支援を必要としている人が多くいるので、今後もより多くの人たちにボランティア活動をして欲しいと感じました。
(高2 R.K)














 

9月活動分ボランティア受付開始・ボランティアさんからのお便り

いつもご支援ありがとうございます。

16日(木)より、9月活動分のボランティア申し込みを受け付けています。
お申し込みはこちらから!

7月〜8月は学生さんの団体がたくさん入ってくださる予定ですが、それでもトータルのボランティアさんの人数は例年より減っており、定員オーバーでお断りするという状況にはまだなっておりません。
日によってかたよりがありますが、個人でのお申し込みはまだまだ受け付けできますので、どうぞよろしくお願いいたします!


先日、米川での活動の帰りに塩釜市の桂島(浦戸諸島)に寄られたというボランティアさんから、メールで写真を頂戴しました。
浦戸諸島には2011年に塩釜ベースが活動で訪れており、がれき撤去や清掃をした海岸は、去年の夏、4年ぶりに海水浴場として再開されました。
今年はさらに範囲を20メートルほど広げてオープンするということで、住民の方がシャワーブースの整備など準備作業の真っ最中だったそうです。



シャワーブース作り

住民の方との立ち話の中でカリタスの名前が出て、大変お世話になった、とおっしゃっていたとのこと。
当時のスタッフのことなども覚えていてくださっていたそうです。
がれきだらけだった砂浜が海水浴場として再開されたことも、カリタスのボランティア活動を今でも覚えていてくださっていることも、サポセンのスタッフ一同とても嬉しく感じました。
メールをくださったSさん、ありがとうございました。

桂島の海水浴場は、7月18日(土)〜8月16日(日)まで開設されています。



 

春休みボランティア体験記

お待たせいたしました!
暁星中学・高等学校の皆さんからのお便りシリーズ、第3回です。

*****

今回初めて被災地に直接行ってボランティア活動を行ったが、南三陸町は本当に何もなく四年前の津波の傷跡が残ったままだった。震災当時テレビで見たがれきの山こそ無かったものの、今でも建物が建っておらず盛り土とトラックだけがある殺伐とした光景が印象に残った。そこには人々の笑い声などはなく生活感のない空間が広がっていた。
今回の活動で一番仕事をした南三陸町ボランティアセンターは、復興が進んできたこともあり規模を縮小すると現地スタッフの方は仰っていた。今でさえこんなに何もないのにそれでも復興しているという事実を知って、いかに震災直後は悲惨な状態だったかを思い知った。

網の手入れ作業

定置網の手入れの仕事では漁師の仕事の大変さを知った。現地の漁師さんは漁が例年よりも早く始められるということもあって、素敵な笑顔を浮かべていた。ボランティアの一番の原動力はこの笑顔だということを知った。
(高2 O.A.)



今年で震災から4年目になり、私は初めて被災地を訪れました。学校でたまたま見たプリントで被災地ボランティアを募集していたので、これは被災地を知ることができる良い機会だと思い参加しました。
5日間の日程の中で移動の都合上、活動できたのは3日間でしたが、さまざまなことを学ぶことが出来ました。仮設に住んでいる人たちのコミュニティー形成の手伝いをするお茶っこや、ボランティアセンターの引っ越し、定置網の修繕と様々なジャンルのことをさせていただきました。ベースから活動場所までの移動中では、あの日津波を受けて壊れた堤防や道路、職員が最後まで避難を呼びかけていた防災対策庁舎など、どれも東京にいては決して知ることのできない今の被災地の状況をほんの少しだけ知ることが出来たと思います。
ベースのスタッフの一人が「一、二回ボランティアに来たからといって、被災地を知ったつもりにならないでほしい。」と仰っていました。私はそれがとても印象に残りました。私は今回、現存の風景ぐらいしか知ることが出来ませんでした。本当に知りたいなら何度も訪れなければならないなと痛感しました。

ボランティアセンター大テントの片付け

最終日、東京に帰ってきたとき、先生が、「4年が経ってもやることは沢山あるが、ボランティアの数が減ってきているそうだ。」と教えてくれました。帰ってきてから他校の友達に「そこまでやることあったのか?」や「4年も経ったから、もう津波で壊された物とかないでしょ。」と言われ、被災地の現状があまり多くの人に知られていないということに気づきました。ニュース等でも以前に比べたら被災地について放送されることが少なくなりました。より多くの人たちに今の状況を知ってもらうには、行った人たちが伝えていかなければならないと思い、私もちゃんと伝えられるように、何度も訪れる必要があると感じました。
(高1 Y.Y)

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3回にわたりご紹介した高校生の体験記、いかがでしたか?
記事をまとめながら、限られた日数の中で、また、活動を終えてからも、皆さん様々なことを感じていらっしゃるのだなと感心しています。
今回の体験が、今後も被災地へ関心を向けていただくきっかけになり、また足を運んでいただければと思います。
どうもありがとうございました!



 

春休みボランティア体験記

いつもご支援ありがとうございます。

暁星中学・高等学校の生徒さんからのボランティア体験記、2回目です。

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今回、被災地についてすぐに思ったことは、被災地は、自分で思っていたのとは全然違うということだ。テレビで見た被災地と実際の被災地は、雰囲気などが明らかに違った。地面からむき出しの木の根や、木がなくなりハゲ山となっている山など、思っていたのとは違う風景が広がっていた。普通ではありえない、見たこともない山の様子に、改めて津波のすごさや怖さを実感させられた。また、道路の看板にここまで津波が来たと書かれており、一瞬信じられなかった。
ベースの人のお話で、一度や二度来ただけで、ボランティアについて語るのは、間違っているとのことだったが、これについてその通りだと思った。何日間か手伝いに来ただけではボランティアの本質は分からないと、今回ボランティアに行って思った。確かに行くきっかけを作ることは、非常に重要だと思うが、行っても何も考えずにボランティアをするだけでは、無意味とは思わないが、とても残念なことをしていると思った。また一回行っただけで終わるのもよくないと思った。何回も継続していくことに意味があると思った。そして、行くたびによく考えて行動すべきだと思った。意識しながら行動することによって、何をすべきか、ということも自分で考えられるようになり、ベースの方々への負担も減らすことができるのではないかと思った。

パワーの源、ベースの朝ご飯

また、作業をする際に丁寧に教えてくださったことも心に残った。時間が経ったとはいえ、あそこまでやさしく教えてくださるその優しさが、心に残った。やはりボランティアは他人とのつながりを強くすると思った。今回学んだことを忘れず、また機会を作って少しでもボランティアの本質というものを分かるボランティアをしたいと思う。
(高1 W.R.)
 

ベースで出会ったボランティアさんも一緒に、お揃いのカリタスTシャツでポーズ!

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実際に、学校での参加の後に個人でまた申し込んでくださる方もいらっしゃいます。
現在はサポートセンターでのオリエンテーションをしておりませんので、2011年の開設当初のように直接ボランティアさんとお話しする機会は少なくなりましたが、申し込みの際にお名前を見ると、また来て下さったんだなととても嬉しくなります。リピーターさんの中には、最初は高校生だった方が今では大学生になり、保護者の方の同意書なしで申し込んでこられるようになった方もいらっしゃいます。
直接はなかなかお会いできなくても、とても心強く感じています。
これからも、どうぞよろしくお願いします!

米川、石巻でのボランティア申し込みはこちらから!



ボランティアについては
こちらをご覧下さい。


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※ボランティアのお申し込みは9:00から15:00の間にお願いします。
代表email:sendaidsc@gmail.com
ボランティア受付用email:sdscvol@gmail.com

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